(2006/08/01、京都自治労連・山本)
ここ数年、地方公営企業法の一部適用から全部適用に移行する病院が増え、現在では186病院(自治体病院全体の2割弱)が全部適用を採用しています。全部適用のねらいは、病院経営に収益をよりいっそう上げるための企業的手法を導入し、効率化を徹底することです。そのため、患者への負担増や職員の労働条件低下などの危険があります。また、全部適用が「終着駅」ではなく、その先に病院の独立行政法人化や「市場化テスト」、民間移譲の検討がされる場合があることもみておく必要があります。一方で、全部適用は公設公営の一形態であり、公務員定数・人件費削減など「効率化」の徹底という観点からみて「中途半端」だとして、一気に指定管理者制度などに移行するケースも増えています。 (関連資料は別添参照)
(参考資料)・・自治労連医療部会討議資料「自治体病院の公営企業法全部適用を考える」、自治体研究社「Q&A、自治体アウトソーシング」、自治労連オルガナイザー必携テキスト など
自治体の病院事業には、地方公営企業法のうち一定の部分(経営の基本原則、企業の設置、財務に関する規定など)のみしか自動的には適用されません。このように法の一定の部分が当然に適用される病院事業を「一部適用の企業」とよんでいます。
これに対して、当然には適用されない部分(組織および職員の身分取扱いに関する規定等)をふくめて、公営企業法を全面的に適用する病院事業を、「全部適用の企業」とよんでいます。
「全部適用」にするかどうかは、地方自治体が選択できることとされており、「全部適用」にする場合は、条例によってその事を定めなければなりません。
地方公営企業のうち「一部適用」という規定があるのは病院事業のみであり、このような規定を作った理由としては、「病院事業が企業として能率的に運営されるべき点は他の公営企業と同様であるが、これらに比べて採算制が低く、かつ保健衛生・福祉行政など一般行政との関係が密接であることなど若干その性格を異にするため」と説明されています。
法制度の上では、組織(管理者の設置)と職員の身分取扱いで大きな違いがありますが、実際の病院職場においては、給与・労働条件、病院財政面などにも表れます。
? 管理者の設置
「全部適用」とした場合、「一定規模以上の地方公営企業には、専任の管理者を置く(条例で管理者を置かないことができる。この場合、管理者の権限は長が行う)」とする規定が適用されます。管理者については、予算原案の作成や管理者判断で一定の契約ができることをはじめ、職員の人事・給与などについても、地方公共団体の長から相当程度独立した権限が与えられています。また、管理者は、民間人も含めて人材を求め得るよう、身分は特別職で、任期は4年となっています。
? 職員の身分取扱い
「全部適用」の職員には、地方公務員法の一部の適用が除外され、地方公営企業労働関係法などが適用されるので、労使関係において顕著な相違が生ずることになります。
一部適用の企業の場合、職員は地方公務員法にもとづく職員団体を結成し、当局と交渉していますが、「全部適用」の企業の職員は、労働組合法にもとづく労働組合を結成し、当局と団体交渉し、労働協約を締結することができます。労働協約は一定の法規的拘束力が付与されており、協約が条例・規則等に抵触するときは、条例を改定または廃止案を議会に提出(議決を要する)し、規則等の改定・廃止をしなければなりません。こうしたことから「全部適用」企業の労働者は、独自の労働組合組織を構成することができます。
? 職員の給与
一部適用の場合は、職員の給与は一般の地方公務員と同様に、給与の種類や範囲が法定されており、給与の額及び支給方法は条例で定められます。「全部適用」の場合は、給与の種類と基準のみが条例で定められ、その具体的内容は、労働協約や内部規定等によって定められます。
こうしたことから、それぞれの企業の経営状況を反映した給与の決定が可能となります。病院財政の困難のもとでは、一般行政職員の賃金等と切り離し、水準切り下げを行われる危険があります。
? 一般会計からの繰り入れ
地方公営企業の財務規定等は、一部適用企業も全部適用企業も同じように適用されるが、法に基づく繰り入れ基準の解釈にどのように幅を持たせるかという判断は、一部適用企業のほうが裁量の範囲を広げやすいと考えられます。また、政策医療・不採算医療など住民にとって必要な財源を行政の判断で補填する場合も、一部適用企業のほうが柔軟に行えると考えられます。一般的に全部適用企業では、採算性がよりいっそう強められ、一般会計からの繰り入れの削減の危険があります。
現局面での「全部適用」は、小泉構造改革による自治体のスリム化・営利企業化の攻撃のもと、そのほとんどが自治体当局の財政困難の打開策の一つとして出されてきており、自治体の医療に対する責任を後退させようとするものとなっています。
自治体病院を経営体として純化して、病院事業によりいっそうの企業的手法を導入するため、経費の節減が至上課題とされます。一般会計からの繰り入れの削減などによって、不採算といわれる医療部門をはじめ、住民のための独自施策を実施することが困難となり、住民サ−ビスの切り下げ・病院リストラの新たな引き金になる危険があります。
また、病院財政の困難のもとでは、「公営企業としての独自性」の名のもとに、賃金・労働条件が一般行政職と切り離され、水準の切り下げが強行される危険もあります。
さらに、指定管理者制度による公設民営化や独立行政法人化、廃止や民間移譲などの「前段階」として利用される事例が増えています。
一方、「全部適用」の場合も、地方公営企業法にもとづく自治体の「直営施設」であることにかわりはなく、直営施設ではなくなる地方独立行政法人化や指定管理者制度による「公設民営」化とくらべて、自治体の公的責任が大きいものであることに留意して対応する必要があります。
自治体の地域医療に対する公的責任の縮小に反対し、地域医療の充実と住民と共に歩む病院づくり、健康で安心して住み続けることのできるまちづくり、安全・安心の医療と人間らしく働くことのできる職場づくりの取り組みをすすめることを基本に、下記の方向での取り組みが重要です。