自治体病院と地域医療を考える・・京都での動きと取り組みから

(2006/10/22 第8回地方自治研究全国集会・レポート 京都自治労連・山本裕)

1,はじめに

京都府内では、昨年は府立洛東病院の廃止、町立大江病院の公設民営化、本年4月からは町立精華病院の民間移譲を前提とした公設民営化、舞鶴市民病院の大幅な縮小・公設民営化の動きなど、自治体が地域医療や住民の健康実態などを無視し、また、住民・患者・職員の声をまともに聞くこともなく、一方的に病院の動向を決定し、地域医療への責任を放棄・縮小する攻撃が相次いでいます。

全国的な自治体病院の廃止・民営化などの主な背景として、小泉構造改革での「医療制度改悪」「自治体構造改革」「医師確保困難」の三つのことが考えられますが、これに加えて京都では、洛東病院の廃止にみられる京都府の医療への責任放棄と異常な行政運営が、その後、府内自治体に蔓延し、いわば「四重苦」ともいえる状況のなかで、廃止・民営化等の動きに大きな拍車がかかっていると言えます。

こうした動きに立ち向かう上で、京都自治労連・医療部会・関係単組では、「四重苦」の元凶を取り除くための、対政府・対京都府にむけての取り組みを基本にしつつ、「当該地域の医療の現状と課題の分析」「当該地域における自治体と自治体病院の役割の明確化」「赤字攻撃を跳ね返す立場での病院財政分析」「地域医療と病院改革の提案の確立」の4つを重視し、職場・地域での取り組みをすすめてきました。府内各地で、自治体労働者と地域の住民の皆さんが共同で、地域医療と自治体病院を守り充実する取り組みを広げ、貴重な経験教訓が作り出されてきました。いくつかの取り組みを紹介します。

2,京丹後市の地域医療の充実と医師確保の取り組みから

京都府丹後地域の6町合併時の協定書には、二つの市民病院の「独立行政法人化を検討する」ことが明記され、合併後、京丹後市医療審議会で検討されてきました。これに対応して、京丹後市職労・京都自治労連・京都医労連などで、昨年1月から毎月1回、現地で病院労働者を中心に「地域医療を考える懇談会」を行い、これをもとに広く市民・全市会議員・医療審議会委員にも呼びかけて「京丹後の地域医療を考える集い」を開催、また、「地域医療の充実めざす要求書」を市当局に提出するなどの取り組みをすすめてきました。 

この中で、「丹後の地域医療の現状や課題」「市立病院の果たしている役割や課題」などを明らかにし、「病院の運営形態の見直し先にありきではなく、地域医療の充実の問題からまず議論すること」をもとめて取り組んできました。こうした運動が一定反映して今年出された最終答申では、「当面、直営で運営し今後ありかたを検討する」との方向が出され、市長も議会で同様の答弁を行うなどの変化を作り出すことができました。

こうした中、本年1月には京丹後市立弥栄病院で、産婦人科医の確保困難から「4月からの新規分娩の受入休止」という方針が発表され、京丹後地域が「安心してお産のできない地域になる」事態が明らかになりました。これに対応して私たちは、直ちに、京丹後市長・京都府知事へ「京丹後の地域医療と医師確保に関する緊急要求書」などの申し入れを行い、新聞折り込みでの全戸ビラなどで広く市民に訴えました。その後、マスコミ各社が取り上げるなど大きな世論となり、京都府知事選挙の重要な争点となるなかで、府知事自身がこれまでの無策を改めざるをえなくなり、「ドクターバンク」などの一定の対策を開始させることにつながりました。そして、非常勤の産婦人科医の輪番での派遣などで、新規分娩が一部再開できる予定です。

こうした形で、地域で発生した事態に機敏に対応できた要因としては、それまでの、地域医療についての現状や課題、市民病院の役割や課題を明らかにする取り組みが基礎にあったことがあげられます。また、京都府知事選挙の結果は残念でしたが、要求を争点化することによって実現の展望を切り開くという点で、貴重な経験であったと言えます。しかし、常勤医の確保など根本問題は解決していませんし、外科医・内科医の退職・欠員などの事態も続いており、病院運営と地域医療に重大な困難をもたらしています。医師の養成・確保問題は、国の誤った「医師過剰論」にもとづく医師養成の抑制政策の転換が決定的に重要です。「命にまで所得格差と地域格差」を拡大する政治の転換を展望しつつ、医師の養成・確保のための緊急かつ抜本的な対策の実施をもとめる国にむけての全国的運動と、府・自治体当局への運動を強めたいと考えます。

3,自治体病院の指定管理者制度をめぐる動きと取り組みから

いま全国で、自治体病院の「指定管理者制度」による、「直営から公設民営」への移行の動きが広がっています。近畿でも、京都の町立大江病院・町立精華病院・舞鶴市民病院にくわえて、滋賀・公立高島総合病院、大阪・泉大津市立病院をはじめ動きが強まっています。

 自治体病院の「直営」からの「公設民営化」は、廃止や民間委譲などのように自治体が病院運営から全面的に「撤退」するものではありませんが、管理・運営の業務を民間に委ねるものであるため、自治体責任の縮小で病院の公的な役割の低下や、地域医療・病院運営のノウハウが自治体に蓄積されない危険があります。こうしたことから、医療情勢の変化や住民要求に機敏に対応した病院運営が困難になったり、住民参加・議会チェックや、自治体として保健・福祉・医療一体の町づくりが困難になる危険があります。

また、指定管理料(委託料にあたるもの)がない場合や、あっても低く抑えられ、医療制度改悪などのもとで、不採算部門の切り捨てなど医療水準の低下や、差額ベッドなど患者さんの保険外負担の増加の危険もあります。さらに、「直営」から「公設民営」への移行に伴って、職員の分限免職による「解雇」や、再雇用となっても労働条件の大幅な切り下げの危険があります。さらに劣悪な労働条件のもと、不安定雇用が拡大し、業務の不安定化、業務の専門性・継続性が安定的に確保できないおそれがあります。

こうした点をふまえ私たちは、自治体病院の「直営」からの「公設民営化」(指定管理者制度)と分限免職による「解雇」や労働条件の切り下げなどに反対するとともに、自治体の地域医療への公的責任の発揮、地域医療と自治体病院の充実、雇用・労働条件の維持・確保をめざして取り組んできました。この中で、それぞれの「地域医療の実態や当該自治体病院が果たしている役割」「直営でこそ果たせる役割と公設民営化の問題点」「住民・労働者の立場から、直営での自治体病院改革の提案」などを明らかにし、職場での学習・討議・交渉と、地域での住民共同の取り組みをすすめました。

  1. 町立大江病院の公設民営化・職員解雇に反対し、地域医療を守る取り組みから

    町立大江病院(一般病床三六床、療養型三六床)は、府北部の病床不足地域にあって地域医療を守る重要な役割を果たしてました。この病院について、大江町長は04年9月末、突然、05年4月から公設民営にするという方針を発表しました。

    内容は、「町が医療法人を立ちあげ、指定管理者制度で公設民営化する。同時に病院の医療職員は、いったん全員解雇(分限免職)して、医療法人に再雇用する」というものです。この背景には、中丹地域1市3町の合併問題があり、福知山市長は合併後二つも病院はいらないという態度をとるなかで、町長は合併を進めるための条件整備として公設民営を持ち出してきました。総務省の地方公営企業アドバイザーとともに、京都府がこれに協力してきました。

    これに対し京都自治労連としては、今後の地域医療と自治体職場全体に重大な影響を与えるものと位置づけ、大江町職・中丹地協とともに全力で取り組みました。地域的には、公設民営化・職員解雇(分限免職)方針の主要な要因である、中丹一市三町の押しつけ合併そのものを跳ね返す運動(住民投票の実施を求める直接請求・町長リコールの成立など)と一体のものとして取り組み、台風災害を乗り越えて実施された町長選挙では、「合併問題も病院問題も、住民の声が生かされる町政の実現」「町長選挙の勝利で、病院の民営化をいったん白紙にすること」をめざし、「直営での病院改革の提案」を提示して闘いました。

    選挙の結果、病院の公設民営化・職員解雇を食い止めることはできませんでしたが、「病院の民営化後も、これまでの医療水準を維持・発展させる方向性を確認させたこと」「再雇用となる職員の労働条件は、基本給の大幅な切り下げが発生しましたが、労働条件の更なる改悪に一定の歯止めをかけたこと」「民営化後の労働組合組織は、大江町職・新大江病院分会(新大江病院労働組合)として活動を継続することを確認し、医療法人との労働協約を締結したこと」など、今後につながる新たな到達点を築くことができました。一方、現地での当局動向がマスコミ報道の直前まで判明せず、住民的立場からの地域医療の充実や病院改革の提案などの対応が大きく立ち後れ、議会の力関係を変えるまでには至らなかったことなども教訓の一つです。

    公設民営化後の大江病院の運営は、地方公営企業法の適用外とする方式をとるため、病院運営等についての国からの交付税措置がなくなるとされていました。地方公営企業法第三条では、「企業としての経済性を発揮するとともに、その本来の目的である公共の福祉を増進するように運営しなければならない」としていますが、「公共の福祉を増進する」ための国からの財政的措置を自ら放棄したことになります。(これへの批判に対して本年3月、国・総務省は方針を修正し、一定の条件を満たせば交付税措置を行うと通知。)

    公設民営化後の大江病院の状況は、施設整備がすすみ夜間診療の開始など住民要求を一定反映した運営が行われ、病院財政は黒字になっていると言われていますが、これは、民営化時点で町当局が多額の財政投入を行ったこと、また、職員給与を大幅に引き下げたことなどによるものと考えられます。

    今後、医療制度改悪の進行や、合併(2006年1月1日)で病院の開設者となった福知山市の公的責任放棄などのもとで、病院運営が困難となり医療水準の低下の危険もあります。引き続き、地域医療充実へ自治体の公的責任の発揮を求める運動が重要となっています。また、給与等の大幅な引き下げのもとで、医療専門職の確保に困難が生じており、人材確保の観点からも賃金・労働条件等の改善が求められています。

  2. 町立精華病院の廃止・民間委譲に反対し、地域医療を守る取り組み

    町立精華病院(50床、内科・外科・整形外科)は、京都府南部の病床不足地域にあり、しかも人口急増地で、地域住民の命と健康を守る上で重要な役割を果たしてきていました。ところが町当局は、町と病院の財政困難を口実に、04年12月、「07年3月末までに町立病院廃止・民間病院誘致」との方針を打ち出しました。その後、当該職場はもとより、地元住民・患者さん・町職などで構成する「精華病院を守る会」の運動(人口3万人の町で短期間に一万人に上る署名など)や、全国・京都の自治労連組織からの抗議等の取り組みが大きく広がりました。

    こうした中、05年8月、当局は「誘致の条件が整わない。医師確保が困難」などを理由に方針の軌道修正を行い、当面、民間委譲までのつなぎとして、「06年4月から指定管理者制度による公設民営に移行」との方針を表明、同時に、職員については、「06年3月末で、解雇(分限免職)、再雇用には努力する」との通告を一方的に行いました。

     その後も住民的な取り組みは広がり、当該単組、また全国からの抗議の集中、京都自治労連および弁護団としての申し入れなどの中で、最終的には公設民営化を食い止めることはできませんでしたが、「当初の廃止・民間病院誘致方針を、当面、公設民営にとどめさせたこと」「公設民営化後も医療水準の維持・確保に町が公的な責任を果たすこと」「希望する医療スタッフ全員を指定管理者へ受け入れること」「希望退職制度を作り分限免職をさける選択肢を提示させたこと」など、一定の到達点を築くことができました。

    しかし、近い時期の民間委譲を前提としての公設民営化であり、引き続き、自治体としての地域医療に対する公的責任の後退に反対し、地域医療と病院の充実めざす職場・地域からの運動の強化が重要となっています。
    この地域では数年前から、「精華病院考える会」があり、住民アンケートや他の自治体病院調査、財政分析などを行ってきていました。こうした土台があったため今回の町当局方針に対して、「考える会」を直ちに「守る会」に改組、直営での病院改革の提言なども明らかにし、短期間に大きな住民運動に発展させる事ができました。地域医療と自治体病院充実めざす日常的な運動の重要性を示していると考えます。

  3. 舞鶴市民病院の大幅縮小・公設民営化に反対し、地域医療を守る取り組み

    こうしたこの間の大江病院・精華病院の経験・教訓などをふまえ、現在、舞鶴市民病院の「解体・縮小・公設民営化」方針に対して、地域医療と市民病院の充実めざす取り組み(病院労組は医労連加盟、市職労は自治労連加盟で、京都医労連・京都自治労連で共同闘争展開中)をすすめています。

    本年1月中旬、突然、舞鶴市長が、医師確保の困難を理由に、市民病院の機能の「解体・縮小・公設民営化」の方針を発表したことに端を発して、職場・地域からの取り組みが急速に発展しました。そうした中、2月中旬には、市長が指定管理者に予定していた「京都武田病院」が「辞退」(背景に、舞鶴市と京大との信頼関係の欠如のもと医師派遣の協力が得られないこと、拙速な民営化での準備不足など)を申し出たために、4月からの公設民営化方針は頓挫しました。

    しかし、市長の公設民営化方針のもとで、ほとんどの医師が転勤等を決めており、当面は直営での運営となったものの、医師確保の見通しがたたず、4月からの病院運営は休止に近い状態で、救急医療を始め地域医療に重大な問題が発生しています。

    市長が、市民や職員はもとより地域の医療関係者の声も聞かず、地域医療に果たしている市民病院の役割を無視して、「指定管理者制度」で拙速に「病院の縮小・公設民営化」をすすめようとした方針が破綻し、地域医療を崩壊させているわけで、自治体当局が「官から民へ」と安易に指定管理者制度を利用しようとする動きへの警告として、全国的にも広く伝えてゆく必要があると考えています。

    現地では、今後の運動を市民的に広げるため、舞鶴地労協・市民病院労組・京都医労連・舞鶴市職労など
    が呼びかけて、8月6日に「地域医療と市民病院問題を考える会」が結成され、住民アンケート、市民諸団体との懇談・聞き取りなどすすめ、医師確保対策や救急医療体制の維持・確保などの緊急対策を求める運動と共に、地域医療と病院の充実めざす政策づくりなどをすすめています。

 

4,自治体病院を柱に、「健康で安心して暮らせる町づくり」を

最近京都では、昨年秋に専売病院の経営を武田病院グループが継承して東山武田病院となったことに続いて、精華病院の指定管理や民間病院の宮津・太田病院の経営継承を、同じ武田病院グループが引き受けるなど、医療制度改悪のもとでの経営難や医師確保の困難などから、大手病院グループなどに病院運営を依存する動きが広がっています。「社会医療法人」の制度化で、いっそうこうした事態が進むことが考えられます。保健・福祉・医療の連携で、健康で安心して暮らせる町づくり、自治体づくりを進めると言う観点から、国・自治体の主体的な責任と役割の発揮が改めて問い直されていると思います。
  
自治体当局は、国の悪政から住民の命と健康を守るため、自治体病院を「健康で安心して住み続けられる町づくりの柱」として位置づけるとともに、民間医療機関等とも連携し、住民の健康実態や医療ニーズなどを踏まえて、保健・福祉・医療を一体的にとらえた行政運営をすすめる必要があります。

この間、自治体病院を巡るきわめて厳しい条件の下でも、岩手県・旧沢内村病院、長野県・諏訪中央病院、岩手県・藤沢町病院、高知県・檮原(ゆすはら)町病院はじめ、各地の自治体で直営病院を中心に、健康で安心して暮らせる地域づくりと、地域に根ざした自治体病院づくりの貴重な実践が積み重ねられてきています。そしてその多くは、主に自治体首長または病院長等の熱意とリーダーシップの発揮が大きな要因となっていると考えられます。しかしそうした条件ないところでは、「当該労働組合を含む住民運動の力」を強めることによって、「病院長はじめ病院当局」「自治体首長・当局」「自治体議会」のそれぞれに、地域医療と自治体病院の充実にむかう力を蓄積してゆくために、日常的な運動を職場・地域ですすめることが重要ではないでしょうか。憲法の保障する権利としての医療・社会保障と、健康で安心して住み続けることのできるまちづくりをめざして。