機関紙 - ふるさとを守る大きな共同を TPPは農村で生きる誇りを否定するもの
対談
・京都府農業会議事務局長 濃野二三男さん
・京都自治労連執行委員長 山村 隆さん
日本の農業をはじめ日本経済の針路に多大な影響を及ぼすTPP(環太平洋連携協定)について、京都府農業会議事務局長・濃野二三男さんに京都自治労連委員長・山村隆さんがインタビューしました。2氏の対談を紹介します。
(この対談は東日本大震災前、3月8日におこなわれました)
山村:お忙しいところ時間をとっていただいてありがとうございます。
今日は、TPP問題で、府内全ての農業委員会会長さんが連盟で政府と府議会に意見書を出されたとお聞きしまして、皆さんが思っておられる問題点や府内のこれからの農業のあり方、自治体の果たす役割などについてお話を伺いたいと思います。
濃野:少し農業会議について説明させていただきます。農業会議は「農業委員会等に関する法律」に依って知事の認可により設置されている公的な農業団体です。系統組織として市町村には農業委員会が、これは市町村長から独立した行政委員会です。全国段階には全国農業会議所が設置されています。
これら系統に共通しているのは、それぞれ農地法などに基づいて農地行政・対策を担当していること、それに農業・農家の地位向上に繋がるさまざまな農政活動を任務としていることです。今度のTPP反対の取り組みは後段の農政活動の一環です。
府内26委員会とともにTPP反対の運動
濃野:もし、TPP参加となったら、個々の農業経営が難しくなると言うだけでなく、農業経営があることで成り立っている農村環境がムチャクチャになるのではないかと心配しています。私は、唐突なTPP参加の意向表明によって、農村地域の人たちは、農村生活者としての誇りが傷つけられようとしている、そう感じ思います。単に、関税がゼロになって農産物の価格がどうなるというだけでなく、農村が壊されてしまうやもしれない、本当に大変な話しです。府議会や国へ提出した「要請書」にも、農村が破壊されるという危機感をしっかり入れさせていただきました。
「要請書」ですが、これは農業会議会長の名前で出せるものですが、草木会長の「府内すべての農業委員会会長の賛同を得て、連名で出したい。各委員会会長の承諾を取ってくれ」との強い意思で、府内の26農業委員会の会長さんとの連名で出しました。
農業委員会の反応は素早く、ほぼ1週間で、全部の会長さんの了解をいただきました。この問題への関心の深さ、危機感を反映していると思います。
府議会も要請に応えてくれました。府議会は、農・商・工いろんな業界を代表する場ですから、「TPP反対!」といったストレートな表現は難しかったのでしょう。「我が国の農業振興に関する意見書」という決議を上げ、政府に働きかけてくれました。
農家と消費者の利害は対立しない
山村:それにしても、マスコミによる農業・農家攻撃はひどいですね。
濃野:2月半ばに、ある週刊誌に農業と農家のことが大きく取り上げられました。そこで書かれた農業・農家像は到底承伏しがたいものでした。「兼業農家や小規模農家はインチキ農家だ偽装農家だ」と断じています。農産物を販売して生計を立てている農家は1割にも満たない、大半は偽装農家なんだ。これらが、施策補助や税制特例などによって不当に保護され、食糧自給率の確保に寄与することもなく税金の無駄食いをしている、といった調子です。これを読んだある消費者の方の感想を聞いたのですが、驚いたことに、すっかり記事を信用し、違和感はないと言うんですよ。
こうした論調は、消費者の意識に刷り込まれてしまったのではないかと心配します。
TPP参加を説く人たちは、日本農業は、高い関税で守られ鎖国状態だと言い、開国が必要だと言っていますけど、実際は、ほとんどの農産物はすでに自由化されてしまっていて、主食のおコメだけが高い関税でなんとか安定した自給力を維持している。そのおコメつまり水田経営があるから、日本人の主食が、混乱なく確保されています。あるいは、水田経営をベースにしながら、徐々に、他の作物導入もすすみ、野菜産地などが形成されてきているのです。それだけでなく、2次自然としての水田によって国土が保全され、農村の生活環境が維持されています。
最後の砦であるおコメの関税を取っ払って自由化する。これを人身御供として差し出すことによって、貿易関係を好転するんだということが言われている、本当に農業が犠牲なって他産業の貿易が好転するのか…疑問です。
とにかく、メディアが「農業は過保護だ。これがネックだ」と間違った伝え方をするので、TPPをめぐっても、さも農業と他産業、消費者と生産者の利害が対立するような構図が作られてしまっている。正確に伝えて欲しいですね。
日本農業は十分に開かれている
山村:本当にそうですね。私も今回の事で勉強するまでは、これだけ関税がオープンになっていることを知らなかった。
濃野:日本は農産物輸入で世界の先進国でトップクラスの位置にいます。その結果、食料自給率は先進国で最下位クラスの41%ですよ。平均関税をみたって、となりの韓国はもちろんアメリカやEUよりかなり低いんですよ。しかも、日本は2国間協定のFTAなどを12カ国と締結して自由化をすすめている。これはアメリカの14カ国、EUの29カ国、韓国の7カ国と比べて何の遜色もない状況です。国内農業のしんどさを知るものにとっては開かれすぎです。
山村:ヨーロッパなどは、農業はかなり保護がされている。アメリカでは、コメを作っている農家の所得の58%が所得保障されている。
濃野:フランスやイギリス、スイスなども農家所得に占める政府の直接支払いのウェートはそれ以上です。80%レベルだと思います。アメリカなど輸出補助金があって、あの競争力が維持されているんですから。日本の農業保護政策は先進国では完全に劣位にあります。そういう事実がほとんど知らされないままに、日本の農業過保護論が声高に言われて浸透してしまっている。
不安定な農産物貿易。
外国に主食はねられない
山村:最終的には消費者が困るんですよね。
濃野:最近年起きた世界的な食料不足では、ロシアやインドやアルゼンチンなど多くの国が自国農産物の輸出禁止という対応をしたでしょう。世界を見渡したら、農産物は外交上の武器に使われているんです。それに、アメリカなどの穀物生産大国あるいは中国などの穀物大量買付国は、常に農産物市場をコントロールします。考えたら農産物貿易は不安定なものです。
山村:兵器と食料は、いいか悪いかは別にして安全保障の二大製品。
濃野:そうだと思います。それで最後に困るのは消費者だと思います。農家、農村地域の兼業農家は自給できるけど、消費者は、買うしかないのですから。
山村:消費者はイコール労働者ですから、労働組合の責任もある。
濃野:もう少しTPPの反対運動が農業以外のところで起きてもいいのですが。
反対運動の輪を広げ、大きい力にしていきたい
山村:これこそ、労働組合が取り組まなければならない課題。ところで、TPPは、結局、アメリカとの関係ですよね。
濃野:何でまた急にTPPなんだ!とみんな思っています。それに、TPP参加の議論は、アメリカのアジア貿易戦略の一環に巻き込まれたものだと言われています。アメリカがアジア市場に有利に関与しようという戦略の一環だと。TPPというのはもともと環太平洋にある4つか5つの小さな国が、お互いの強みと弱みを補い合いつつ貿易を活性化させようと始めたものだったんですよ。そこへ大国アメリカが乗ってきたことですっかり性格が変わってしまったということですよね。TPPはアメリカのアジア市場戦略の小道具になってしまった。
山村:一般マスコミの報道で、国民は、全世界との関係のように錯覚して捉えている。これをやめさせるための展望なりはどうですか。
濃野:農業の世界は、農業委員会系統もJA系統も組織を挙げて反対運動を展開しています。署名運動にも取り組んでいて、消費者への理解を広げつつあります。実は、わずかの期間に、ここまで農業者の組織が一致団結して大運動に立ち上がったのは久々です。TPP参加への危機感の大きさが反映されています。
もちろん、我々は、生協とか、市民グループとか、労働組合とかと一緒に取り組まなければ大きい力にならないと思っているんです。TPPでねらわれているのは案外と農業以外の分野ですよ。TPPは、すべての貿易分野の関税障壁をフリー、ゼロにしようというのですから。
山村:東北などは、すごいです。もちろん労働組合もやるんですが、農協が真ん中に座って、生協がいて…と言う話になる。
濃野:府県議会の方は、表現の違いはあるけど、地方議会を中心に多くが「反対」の意思表明していますよね。地方の府県や市町村にいくほど?反対??慎重に?の態度はハッキリしています。農業がなくなるということは、農地・水・里山・景観・農村文化、それら全部が後退か無くなるということです。当然です。
どういう糸口があるのか分からないのですが、ともかく、色んな業界の人たちが、この問題では一つになれるハズです。運動をまとめ上げる中間センターのようなものが必要ですね。農林漁業界と商工業界や労働界をつなぐ仕組みが…
山村:なんかその辺は、あまりにも政治的に物事を見すぎているのかな、いろんな団体が。
濃野:政治を絡めると足が止まりますものね。残念です。これは、生産者サイドの問題でも消費サイドの問題でもある。また地域・住民の暮らしの問題でもある。みんなが共通のテーブルにつける問題ですよね。どこかがセンターになれば、みんなが一緒にやれるんでしょう。大きいシンポジュウムが開けたりもすると思います。
山村:もし、計画したら、農業会議も参加いただけるんですかね。
濃野:事務局の私が答えられることじゃありませんけど、必要な議論をすれば、参加出来ると思いますよ。これは、テーマで一致!のことですから。
TPPは京都農業にどう影響するか
山村:京都の農業の現状とTPPの問題点についてお聞かせください。
濃野:京都の農業全体を見渡すと、一戸一戸がとりくむ家族経営が中心なんです。近年は、担い手不足を補う集落単位の経営も盛んになってきていますが、なお家族経営が中心です。
家族経営の平均規模は1ヘクタール弱と小さい。生産力が低く、農産物価格が相対的に高かった昔はこうした家族経営でなんとか行けたが、今はそうはいかない、とても食べていけない。稲作経営だとある程度までの規模拡大は必須課題です。機械化や土地基盤整備がすすみましたから、京都なりに大規模農業が展開できる環境はある。ただ、その規模拡大も、担い手不足やコメ価格の暴落でなかなかうまくいかないのが現状です。
そんな中で、担い手が不足している集落や、戦略思考を持つ集落などでは、村の人たちが力を合わせて集落の農地を一つの?農場?とみなして経営する方式を生み出してきました。これは集落営農とか地域農場とか呼ばれています。過剰投資や分散作圃で効率の悪い個々面々の農業経営を越えて、例えば30戸が一つの経営体のようなかたち農業をやるんです。その経営の中心作物が、水稲とか大豆などの土地利用型作物、つまり中心はコメなんです。そのコメ価格が、ここ数年下がり続けています。そこへ、このTPP騒動です。
TPPでコメの関税が廃止され全面自由化されたら、いくら農家が集落営農に取り組み、稲作の集団化(効率化)をすすめても、また規模拡大をしても、経営は成り立ちません。おコメの売り上げでは生産費や労賃が賄えませんから。集落営農は潰れてしまうでしょう。潰れると、水田が面として荒れ、農道や水路も荒れていく。水田と一体的に保全し活用されている里山も、もっと荒れてしまう。
府内の南丹、中丹、丹後地域など中山間地域の農業と集落の過疎化や離村は加速化すると思われます。ということは、府民が触れ合う農村の自然とか水田景観などが壊れていくと言うことです。今、農村では、新規就農者の受け入れや、企業の農業参入なども果敢にすすみはじめていますが、経営が成り立たないと、この出足が止まるかもしれません。
山村:政府は、6月頃に方向性を出すと言っているので、我々は勉強して、TPP反対の地域からの運動を何とかつくりたい。
濃野:農業サイドの反対運動も広がりを見せていますが、もっとふみこんだ段階に持っていくためには、各界が反対の立場に立ち上がってもらうことが必要です。一緒に声を上げていかなければ。6月の山はそこにかかっていると思っています。
自治体と労働組合に期待します
山村:自治体の役割は大きいと思います。全自治体を回って当局と話をしたが、ちょっと懸念があります。
京都の場合は、ストレートにこれがおかしいと言うスタンスに立つ当局者は少ない。その理由の一つに、議会で絶対反対ということになっていないことがある。
もう一つは、農業は大事だが、一方で、町内に輸出関連の中小企業もある。そこはメリットを受けるのではないか、と言う認識がある。当局の考え方を、何とか変えていく行動が必要です。自治体の職員が、勉強して対応していかないと、結局、大事な時期に判断を間違えかねない。
濃野:そこはしっかり頑張ってほしいですね。「TPPで農業以外のところは潤う!」本当にそうなのか、急いで検討をして、取り組みを起こしてほしい。
山村:TPPを結んだら、中小企業が儲かるのか、絶対そういうことはない。
濃野:日本は、かつて林業(材木)を自由化して、せっかく植林した木を切り出せなくしてしまい、結果、多くの里山を荒らすという経験を持っています。山の生態系がくるって有害鳥獣問題が大きな生活環境問題にもなっている。コメ・田んぼに林業の道を歩ませるのかという話しです。
これ以上山が荒れ、田んぼが荒れたら、自然環境とか農村文化そのものがなくなる。連綿と築かれ受け継がれてきた地域の経済基盤と誇りある文化が危うくなるということです。
自治体の職員のみなさんには、大きい視野でもって農業・農村問題にあたっていただけたらと思います。TPP参加への反対運動は、決して、ある業界の利害を確保するような運動ではない、まちのふるさとの経済と文化を残す運動だと捉えていただき、頑張ってほしいですね。
山村:自治体の職員を見て、何か、あればお話しください。
濃野:農村地域の経済をどうするか、そのために農業をどう盛り立てるのかを考えて行かなければなりませんが、その場合、町の中で、知恵(人材)と資本(財政)と機動力(組織)が揃っているのはやっぱり自治体だと思うんです。その自治体の動きいかんによって、これからの地域は変わると思います。合併をした後、しばらくペースダウンしたといわれますが、ようやく力が戻ってきたと感じています。
特に農林行政というのは、地域・集落にどれだけフットワークよく入っていくかが問われます。農林部局の職員さんというのは、地域に入って農家や村のリーダーと会ったりして、一緒に仕事をこしらえていくのが仕事ですよね。そういう点では、広域合併は、役所と地域の距離を遠くしたと言われたりしますが、それは超えられるし、新しい形が出来つつあると思っていますので、大いに期待しています。
山村:私たちも、そのような期待に応えられるように頑張ります。本日はありがとうございました。
包括的経済連携等に関する要請
京都府内の農家は、効率的な農業経営を追求しながら、これを通じて地域の農業・農地を守り農村環境を保全しつつ、日々営農に励んでいる。
しかしながら、政府は11月9日、「包括的経済連携に関する基本方針」を閣議決定し、TPP(環太平洋経済連携協定)について、「関係国との協議を開始する」として、従来の政府方針を大きく踏み出す決断を行った。
TPPは、すべての関税撤廃を原則とする包括的な協定であり、これが実行に移されれば農家の経営努力が無に帰するのみならず、わが国農業と農村は壊滅的な打撃を受けることから、下記について強く要請する。
記
1.例外なき関税撤廃を原則とするTPPへの参加は断固反対であり、絶対に行わないこと。
2.EPA、FTA交渉に当たっては、今年3月に閣議決定した「食料・農業・農村基本計画」における「食の安全・安定供給、食料自給率の向上、国内農業・農村の振興等を損なうことは行わないことを基本に取り組む」との従来方針を堅持すること。
また、WTO農業交渉については「多様な農業の共存」(日本提案)の基本理念を保持すること。
3.わが国はすでに世界有数の食料輸入大国であることについて、経済界等を含め、広く国民理解を促進すること。
平成22年11月29日
政府・国会あて
京都府農業会議会長 草木 慶治
京都市農業委員会長 中村 安良
向日市農業委員会長 山口 武
長岡京市農業委員会長 西小路重幸
大山崎町農業委員会長 小泉 博
宇治市農業委員会長 吉田 利一
城陽市農業委員会長 完岡 義清
久御山町農業委員会長 奥田 富和
八幡市農業委員会長 岡本弥四郎
京田辺市農業委員会長 林 善嗣
井手町農業委員会長 大西 猛
宇治田原町農業委員会長 前田 憲一
木津川市農業委員会長 公文代憲篤
笠置町農業委員会長 西村 重男
和束町農業委員会長 但馬 正一
精華町農業委員会長 尾 平宏
南山城村農業委員会長 北窪 敦美
亀岡市農業委員会長 中井 健雄
南丹市農業委員会長 野中一二三
京丹波町農業委員会長 白樫 貢
綾部市農業委員会長 大島 幸雄
舞鶴市農業委員会長 石束 輝己
福知山市農業委員会長 菊田 哲夫
宮津市農業委員会長 森川耕一郎
与謝野町農業委員会長 三田彌壽信
伊根町農業委員会長 小向 昭雄
京丹後市農業委員会長 宇野 明忠
京都自治労連 第1749号(2011年4月5日発行)より