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機関紙 - あの人に会いたい12 発賠償京都訴訟原告団 共同代表 堀江 みゆきさん…国と東京電力は責任を認めよ

あの人に会いたい12 発賠償京都訴訟原告団 共同代表 堀江 みゆきさん…国と東京電力は責任を認めよ

カテゴリ : 
組合活動
 2021/4/7 15:10

ほりえ・みゆき=福島県福島市生まれ
2011年8月 福島県から京都へ避難
2013年   原発賠償京都訴訟
原告団に参加
同原告団共同代表


原発事故は幸せに生きる権利奪う
自治体は強く原発廃止の主張を

東日本大震災・福島第一原発事故から10年が経過しました。16万人以上が福島県外へ避難し、現在でも8万人以上が避難生活を余儀なくされています。避難生活が大変困難ななか、京都に避難されてきた皆さんが、国と東京電力を相手に裁判闘争をたたかっています。京都訴訟団(56世帯、170人)の共同代表の一人、堀江みゆきさんにお話を伺いました。

――3・11以前の堀江さんのくらし、原発に対する認識はどの様でしたか

堀江 私は、福島市の実家で生活していました。離婚をしていて、子どもは4人。長女と長男は働いており家を出ていました。当時、高校2年生の次女と高校入学を控えた次男と両親の5人家族。私は、福島県農業振興公社で派遣として働いていました。

それまで原発を、危険なものと考えたことは全くありません。小学校では、原発見学に行き、「これからの社会に必要」と教えられ、海水浴では、近くに原発がある風景が当たり前でした。だから、地震が起こった時も原発が危険だとは、考えませんでした。

――福島からの避難をなぜ決断されましたか

堀江 元夫から、「原発が大変だから避難するように」との連絡や、テレビの緊迫した報道や、原発関連で働いている人の「本当に大変なことになっている」という話。ネットで調べると、チェルノブイリと同じことが起こっており「子どもたちをどう守るか」を最優先に避難を決めました(編集部注:風に乗って巻き上げられた放射性物質は、福島市など周辺にも降り注ぎ、20〜30マイクロシーベルト/時と平時の1000倍近い放射線量が観測された)。

当時、次女は高校3年生、あと半年で卒業。次男は、高校に入学したばかりで二人は避難したくないと言っていたのですが、「放射能の危険性」の学習会に親子で参加するなどして説得しました。娘は、「結婚が出来ない。子どもを持つことが出来ない」などといっていましたが、本心では納得しきれていなかったと思います。

両親とは、特別話をしないまま避難し、その年の11月に父が突然他界しました。父が時々、私たちのことを思って泣いていたと後から聞き、きっちりと話をしないままの別れを後悔しています。

避難してくるときには、原発から逃げるようで後ろめたく、また、目に見える風景は変わらず綺麗なのに汚染されていることが悲しく、避難しなくてはならない理不尽さを思いました。

――京都での暮らしはいかがでしたか

堀江 京都に来たのは、事故があった年の8月です。会津若松で仕事をしていた長女も含め、家族4人の生活が始まりました。

当初、所持金が30万円ほどしかなく、すでに働いていた長男長女の協力で何とかやってきました。慣れない土地で仕事が決まらず切羽詰まった状態の時に、隣の方にグループホームの仕事を紹介してもらい大変助かりました。

ご近所の皆さんには、とても心細かった私たちに分け隔てなく接していただいて、住民の一人として受け入れていただいたことが大変ありがたかったです。

避難生活も10年が過ぎ、高校生だった二人の子どもは結婚で家を出て、今は、長女と二人暮らしです。娘が結婚するとなったとき、被曝の影響はないのかと不安になりました。

――裁判で争われていることは何ですか

堀江 1つは、国と東電に、原発事故の責任を認めさせる。もう1つが、原発事故からすべての被災者が自由意思で避難する権利を認めさせることです。

2018年3月の京都地裁の判決では、国と東電の責任は認めたのですが、賠償額が低く避難の権利を認められなかった原告があったので「一部勝訴」となりました。私たちは直ちに、大阪高裁へ抗告し裁判をたたかっています。

1月と3月の大阪高裁の裁判では、国は「十分な補償を行っている。避難する必要はなかった」等と個人攻撃とも受け取れることを繰り返しています。

これに対して私たちは、「避難している人の半数超がPTSDの症状を発症している恐れがある」等の173人の避難者アンケート結果や、2018年国連人権委員会が自主避難者への救済支援策の継続を求めることを正式採択するなど、世界が注目し、支援が広がっている裁判であることを強く主張しました。

現在、全国で30件あまりの裁判がたたかわれ、原告は1万人を超える規模となっています。「生業訴訟」裁判が、仙台高裁であり国の責任を認める判決が出ました。群馬の裁判のように、国の責任を認めないものもありますが、全体的には、国の責任を認める流れになってきています。

――堀江さんを支えている力は何でしょう

堀江 一つは、今回の原発事故で、多くの人々がいのちを奪われ、仕事や故郷を奪われ、家族や友人と引き裂かれ、幸せに生きる権利を奪われました。しかし国と東電は責任を認めず、それに見合った補償も行わず「終わらせよう」としています。こんなことは絶対許せないという怒りです。もう一つが、私たちの周りに支援していただける沢山の人々がいることです。

私は、この10年で大きく変わりました。かつては、原発はもちろん自分に関係がない社会の問題には、ほとんど目を向けず、生活していました。今では、社会の出来事がつながっていると思うようになり、物の見方が変わりました。子どもたちの未来のために、次の世代のためにという思いが原動力となっています。

――行政や自治体職員に対する要望は

堀江 原発事故はまだまだ終わっていません。京都府や市町村は、国と関西電力に対して原発廃止を強く求めるべきです。特に京都は、若狭の老朽化した原発群に隣接しています。一度事故が起きれば、二度と元には戻れません。経験していないから分からないではなく、想像力・考えることで、故郷が、住民の生活がどうなるのか自分の身に置き換えて考えてほしいですね。


京都自治労連 第1973号(2021年4月5日発行)より

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