機関紙 - あの人に会いたい22 立命館大学産業社会学部教授 斎藤 真緒さん…ケアラー支援条例実現へ市民運動に取り組む
さいとう・まお=立命館大学産業社会学部教授。専門は家族社会学。
「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」運営委員。思春期保健相談士。
「ケアラー支援条例をつくろう!ネットワーク京都(略称:京都ケアラーネット)」共同代表。
主著:『子ども・若者ケアラーの声からはじまる―ヤングケアラー支援の課題』(共著、クリエイツかもがわ、2022年3月)他
ケアする人も充実した人生を
「ケアラー支援条例」が必要です
ここ数年「ヤングケアラー」の深刻な実態が社会問題となっています。国、行政においても様々な施策が検討され始めています。5月22日に「ケアラー支援条例をつくろう!ネットワーク京都」を発足させるなど、市民運動としてケア・ケアラー問題に取り組んでこられた立命館大学教授の斎藤真緒さんにお話を伺いました。
――ヤングケアラーはどのような人のことですか
厚生労働省は、ヤングケアラーを「本来本人が担うと想定されている家事や家族の世話を日常的に行っている18歳未満の子ども」と定義しています。厚生労働省が2021年から行っている全国調査では、中学二年生の5.7%、全日高校二年生の4.1%、小学六年生の6.5%がヤングケアラーとして確認されており、クラスに1〜2人はケアラーの子どもがいることになります。ケアには、介護だけでなく、幼いきょうだいや障害のあるきょうだいの世話、精神障害の親への精神的なケアなど、様々なかたちがあります。
成人ケアラーの場合、自分自身の教育・職業・家庭といったキャリアや生活の土台がある程度固まっています。他方、ヤングケアラーの場合、そもそも自分自身の生活・人生に関わる土台づくりの途上にあり、土台がケアによって脆弱になる可能性があります。ケアラー自身のその後の人生に与える影響は計り知れません。クラブ活動や友人と遊ぶ時間もなく、人生の目標、教育や仕事に向けて努力することすら難しく、将来をあきらめざるを得ないところに深刻な問題があるのです。
――解決のために必要なことは何でしょうか
私は、ヤングケアラー問題の解決には、年齢で区切ることなく、18歳以降も継続的に支援をしていく視点が何よりも重要だと考えます。私はヤングケアラーという言葉に代わって、「子ども・若者ケアラー」という言葉にこだわっています。
もっといえば、全世代のケアラーへの包括的な支援という視点も重要です。何故ケアにこれほどの子ども・若者が関わらざるを得ない実態があるのか。それは、ケアは「家族がする」を前提にして、現在の介護保険などの福祉や医療の制度が設計されているからです。
ケアとお金も切り離すことはできない問題です。ケアが必要な家族がいれば、非正規でしか働けなかったり、一人親世帯だったりと経済的に困難を抱えている場合が多く、「子どもにケアさせるな」となれば、その家庭はたちまち経済的に立ち行かなくなります。ケアラーの子どもたちは、親をはじめ家族の苦労をよく知っており、被害者意識ではなく「自分がやらなければ」との思いを多くが持っています。進学や就職で家を離れなければならない時は、「家族を見捨てた」と罪悪感にさいなまれることも少なくありません。家族規模が小さくなる中で、ケアと収入の両方の役割を家族が抱え込まなければならない状況を変えるためには、ケアを家族任せにすることなく、社会全体で支えることが重要です。
「介護と仕事の両立」にかかわる介護休業や介護休暇が少しずつ広がってはいますが、長期化するケア負担は解消されておらず、介護離職者は年間10万人近いまま推移しています。社会全体でみても、大きな損失であり、ケアラー問題は、企業の課題でもあります。
また、ミッシングワーカー(就職活動をしていない無職の人)は、40〜50代の失業者(求職活動をしている無職の人)が72万人に対して、103万人も存在しています(NHK調査)。この中には、ケアを理由に一度職場を離れ、社会との接点が断たれ、社会復帰が非常に難しくなった方もたくさんおられると思います。他者に自分の体・感情・時間を差し出すケアだけの生活は、人生を生きる力を奪ってしまいかねません。「ケアをしながらでも、自分の人生が生きられる制度」は本当に切実です。
ケアラー支援先進国のイギリスには、「ケアをする人が充実した人生を送れないと、ケアの質が落ちる」という考え方があります。ケアラー支援は、ケアを受ける人にとっても重要な意味があります。
――国内で先進的に取り組んでいる自治体を紹介ください
2020年3月に埼玉県で全国で初めて「ケアラー支援条例」が制定されました。その理念は「ケアする人が、健康で文化的な最低限の生活を送る」という、ケアラーの権利保障を掲げています。現在では、九つの自治体が「ケアラー支援条例」をつくっています。自治体によって力点の違いはありますが、早期発見と支援の充実のために、もっとも住民に近い自治体がケアラー支援に取り組む意義は大きいと考えます。
――先日、京都ケアラーネットが発足し、「ケアラー支援条例」をみんなでつくる運動が、京都で始まりました。自治体と自治体職員への要望と合わせてお話しください
5月22日に、「ケアラー支援条例をつくろう!ネットワーク京都(通称:京都ケアラーネット)」発足イベントを行い、京都で「ケアラー支援条例」をつくる市民運動をスタートさせました。認知症、障害、医療的ケア、男性介護者、ケアにかかわってきた13団体の代表による個人ネットワークが母体となっています。
私たちは、条例制定までの「プロセス」を大事にして、ケアにかかわる社会課題と願いを可視化し、市民の共感を広げることで命とケアが尊重される社会を目指しています。ぜひ多くの方に参加していただきたいと思います。
自治体では、ケアが必要な住民への制度の開発・発展がこれまで行われてきました。その横にいるケアラーにも目を向け、支援・支える仕組みが必要です。家族を一枚岩でとらえずに、個々人のニーズに寄り添う視点に立って住民と向かい合ってほしいと思います。
病や老いを支えるケア問題は、私たちみんなに関係する問題です。ケアフルな職場づくり、お互い支え合える職場づくりをすすめていただきたいです。
京都自治労連 第1987号(2022年6月5日発行)より