機関紙 - あの人に会いたい38 立命館大学 食マネジメント学部 教授/農業・農協問題研究所 理事 松原 豊彦さん…安心して農業ができる基盤の整備を
まつばら・とよひこ=
立命館大学・食マネジメント学部 食マネジメント学科教授。カナダ農業を中心に現代農業問題を研究。食糧問題への関心から大阪市立大学経済学部で農業経済学を学び、78年卒業後、京大大学院へ。カナダの農業問題を手がけ、宮城学院女子大を経て89年から立命館大学へ。
農業・農協問題研究所の理事を務めている。
「地産地消」など地域内循環を作り、点から面へとつなげ、広げる
現在米不足により店頭からお米がなくなり、手に入らない。原材料の高騰から食品の値上げが次々とされ、家計に大きな影響が出ているなど、いま私たちの生活に欠かすことができない食料を取り巻く環境が大きく変化しています。今回は、日本の農業の現状と、政府や自治体にいま何が求められているのか、また地域ですすむ新たな取り組みについて、立命館大学・食マネジメント学部教授の松原豊彦さんに聞きました。
■米不足がいま問題になっていますが、なぜこのような事態になっているのでしょうか。原因を教えてください。
今の米不足の直接的な原因は、昨年の猛暑です。米の開花時期に気温が高かったため、実が入らず、主食である一等米の収穫に大きな影響が出てしまいました。収穫量が減り、加工用の米さえ足りなくなっています。また、異常気象が原因ではありますが、そもそも国が1971年から2018年の長期間にわたって進めてきた「減反(げんたん)政策」が大きく影響していると言えます。国は減反政策により、農家に米ではなく他の農作物を作らせ米の生産を抑制してきました。現場でその減反政策を担わされてきたのは、自治体やJAです。米の在庫が少しずつ減ってきていたところに、猛暑による影響で一気に底をつき、今回の米不足になりました。
異常気象が当たり前になりつつある今、暑さに強い品種改良などにも取り組んでいますが、米作の時給が10円とも言われる現状を、農家が安心して米を作れる環境へと転換していかなければ、今後も米不足は起こります。
■「食料・農業・農村基本法」が今年改正されましたが、このことは日本の農業にとって期待できることなのでしょうか。
日本はWTO(世界貿易機関と称される国際機関)に加盟して、米以外の作物の輸入自由化を行ってきました。1999年に「食料・農業・農村基本法」を制定し、それまで国が行っていた農産物や酪農に関する価格支持(ベースとなる価格を政府が決めること)をすべて廃止しました。これが基本法の最大の間違いで、これにより農作物の価格は市場の需要と供給によって変動するようになりました。アメリカでは、政府が価格支持を行い、農産物の価格がベースを下回る場合は国が買い上げて最低価格保証をし、コストを割るような価格低下には「不足払い」としてコストの8〜9割を国が保障して農家を守ります。日本にはそのような農家を守る制度がありません。
今年、政府は基本法を改正しました。2020年ころから世界的な気候変動やロシアのウクライナ侵攻などの影響で、海外の穀物価格が高騰しました。今までのように安い穀物が輸入できなくなり、食料自給率が低く、輸入に頼ってきた日本で、国策として国民の食料供給をどのように安定的に確保するのか(食料安全保障)などを名目に法改正がされました。
また、農業にかかる資材や経費も高騰していますが、農家は農作物の価格を決めることができず、生産にかかる経費を価格に転嫁することができません。価格転嫁のしくみを作ることを可能とする今回の改正ですが、現状は加工業者や小売業者に価格転嫁をお願いするしかないという弱い立場で、実効性も低い内容です。食料安全保障として政府が行うべきことは、食糧難に備えて芋づくりの強制などではなく、国内の農業生産基盤(農地と労働力)の立て直しが一番重要なことです。
今回の改正に、農業の発展や食料自給率の向上のための具体策は含まれておらず、期待できるものになっていません。
■日本の農業や食料のことを考えるうえで、自治体ができること、やるべきことはどのようなことですか。
安心して農業ができる環境整備は、食料安全保障の観点からも、農業従事者の平均年齢が約70歳という現状から新たな新規就農者を育成する観点からも喫緊の課題です。
具体的な取り組みとして、滋賀県守山市の「もりやま食のまちづくりプロジェクト」を紹介します。大学からの提案で始まった、生産から消費までを一体のものとして考えるプロジェクトで、生産者、加工・流通業者、商工会議所、学校給食、地域の子育て支援団体など多様な分野の団体が参加しており、事務局を守山市が担います。新たな地域ブランド野菜の開発や、学生が地域の果物を使ったスイーツのレシピを考案するなど、農業で人や地域をつなげることや、新たな就農者の支援にも力を入れています。
全国でも、「地域おこし」の取り組みは進んでいます。今はそれぞれの地域で展開されている取り組みを、点から線につなげ、面へと広げることを、自治体が積極的に担うことを期待しています。
京都自治労連 第2014号(2024年9月5日発行)より