機関紙 - あの人に会いたい4 京都大学大学院経済学研究科教授 久野 秀二さん…国際農業分析担当
ひさの・しゅうじ=1968年 大阪府生まれ(東京都出身)/1991年 京都大学経済学部卒業/1995年 京都大学大学院経済学研究科博士後期課程中退/1995年-2004年 北海道大学農学部・農学研究科 助手/2002年-2004年 オランダ・ワーへニンゲン大学社会科学部 客員研究員/2005年―現在 京都大学大学院経済学研究科教授
多様な生産、流通、消費守り種子・農業・食料を住民の手に
TPP条約締結・発効、種子法廃止、種苗法改定の動きなど、農業問題が大きく動いています。京都経済やまちづくり、住民の暮らし等あらゆる分野に大きな影響がある問題です。京都大学大学院経済学研究科教授で国際農業分析担当の久野秀二さんにお話を伺いました。
――政府の農業政策についてどうお考えですか
久野 お話の前提として、まず強調したいのは、農業を農業としてだけではなく、広範な社会領域に関わる問題として捉えていただきたいということです。
政府の農業政策では、「場当たり的で大きなビジョンがない」というのが正直なところです。
それでも根底に貫かれるのが、新自由主義、グローバリズムだということは明らかです。
もう一つ重要な点は、アメリカ主導の食糧戦略と多国籍企業が主導する世界の食料生産・調達体制を再編する大きな流れの中に日本を組み込む戦略です。新自由主義の流れと多国籍企業の世界食糧戦略の二つが重なり合いながら、今日の日本の農業政策が展開しているといえます。
アベノミクス農政は、農業保護政策(価格政策や国境措置)とそれを支えた法制度(農地法、農協法、種子法、卸売市場制度など)をことごとく解体してきました。
市場競争力のある大規模な農業経営体を育成し、付加価値の高い農産物を輸出するというものです。この間、耕作放棄地が増える一方で、100ヘクタール規模の経営体が全国各地で生まれています。そして、これまで住民で行ってきた農地農業用水など、地域資源の維持管理の位置づけが、集落のくらしと地域の農業を支えるものから、大規模農業経営体を支える産業政策に変わってきています。
それから、高品質な農産物を富裕層向けに輸出する一方で、国内消費者向けには安い農産物の輸入を増やすという矛盾した内容になっています。
――種子法が廃止されましたが、15道県(9県準備中)で種子条例を制定。京都府は制定していません。
久野 種子法は、主要農産物(コメ、麦、大豆)種子を安定的に生産・提供するだけでなく、優良な品種を開発・普及するための予算を、都道府県が確保する根拠法ともなっていました。
もともと京都府は中山間地域が多く、競争力があまりなかった。だから70年代以降の減反政策でコメから野菜への転作をすすめ、80年代以降はこれに伝統野菜を位置づけ、生産振興と販売促進に取り組んできました。もちろん、種子法は野菜を対象にしていませんが、府として農業遺伝資源を保全・利用することの重要性はわかっているはずです。また、酒造好適米や特産豆類など他府県にない品種を持っているので、種子法の重要性を認識していたと思います。それだけに京都府は、問題意識は持っているようで、種子法廃止に合わせて種子生産に関し実施要領を定め、従来通り種子生産体制は維持しています。しかし、多国籍企業からの圧力や国からの財政削減で、今後どうなるか分かりません。全国で種子条例制定の世論と動きがある今こそ、京都府は種子条例を制定すべきです。
―京都市の農政、学校給食問題をどのようにかんじておられますか
久野 15年にミラノで開催された万博で、京都市は「ミラノ都市食農政策協定」に調印しました。北米や欧州の主要都市では、都市食料政策委員会が設置され、都市農業を核に農業だけではなく、食料保障(貧困層問題、例えば子ども食堂、フードバンクとの連携)、栄養・公衆衛生、教育、環境、コミュニティー形成、都市計画など多様な領域にまたがる政策が、市民や事業者・専門家を含めて計画・立案する仕組みがつくられるなど色々な動きを見せ始めています。京都市は、まだまだですね。
例えば、学校給食は地域の農と食をつなげる上で重要ですが、中学校給食を実現していないのが、JA京都のお膝元の亀岡市と京都市だけとは情けないですね。
――新型コロナ感染からみえてくるものは?
久野 新型コロナに関連して、懸念されるのが、ヨーロッパで一時期国境封鎖があったように、収穫、物流、貿易が滞ることで食料に混乱が起こる可能性です。
また、食糧供給網の寡占化の問題も露呈しました。アメリカの食肉処理業者は、牛肉:4社で75%、豚肉:4社で70%、鶏肉:4社で53%を占め、一つ一つが巨大工場。そこで感染が広がり、3月4月工場が閉鎖され、農家は出荷先を失いました。集中が進む食料供給網の拠点で、何か問題が起これば全体がマヒ状態に陥ることが明らかになりました。
いま、世界各地で、生産と消費の距離を縮める農と食のあり方が見直されています。
日本には、卸売市場制度があり、ある意味公的な制度。しかし、規制緩和が進み、公共機能の形骸化が危ぶまれます。中央卸売制度・地方卸売制度を守っていくことと同時に、生産者と消費者が直接つながることの重要性も明らかになりました。多様な生産の在り方、多様な流通の在り方、多様な消費の在り方を守っていくことが、農業守る答えではないでしょうか。
――自治体職員へのメッセージをお願いします
久野 昨年学生ゼミで、丹後と中丹の農業実態調査を行ったのですが、市町村合併で、市役所や役場と農家との距離が開いていることを実感しました。昔は、どこにどんな人がいるか役場に行けば教えてもらえた。今は京都府農業会議が各地に現地推進役を配置して情報収集に努めていますが、「平成の大合併」で自治体が大きくなり、度重なる「行革」で農業を担当する部署がどんどん縮小した結果です。
自治体は、地域で困っている人々を支える立場にある。だから公務員という。そういう役割を、農業を守ることが地域経済を守ると広くとらえて、公的な役割を果たしていただきたい。
全国の種子条例制定状況
条例制定済み | 兵庫県、新潟県、埼玉県(以上2018年)、山形県、富山県、北海道、岐阜県、福井県、宮崎県、鳥取県、熊本県(以上2019年)、長野県、宮城県、栃木県、茨城県(以上2020年) |
条例案を準備中、もしくは制定に向けた検討を開始 | 岩手県、愛知県、広島県、石川県、千葉県、滋賀県、島根県、鹿児島県、三重県 |
資料)日本の種子(たね)を守る会、農民連『農民』2020年3月9日付などを参照。
京都自治労連 第1963号(2020年6月5日発行)より